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白い巨塔?大学病院での怖い体験

   

3度、大学病院で世話になったことがあります。今回は、一度目の話です。某有名国立大学病院に(最初も、結果的にも)原因不明の疾患で緊急入院しました。症状は高熱と数時間で広がってゆく全身の湿疹というか痣(あざ)というか、そのようなものでした。

クリスマスの翌日の話です。市中病院から大学病院への紹介状を渡されたその足で受診し、そのまま緊急入院となりました。感染性があるかもしれないとのことで、家に帰ることもできず、隔離個室です。結局、すぐには退院することができず、病院食版のおせち料理をいただくことになりました。結果的には、ある日を境に症状がみるみる無くなり、医師側も原因不明、一過性の感染症ではないか?という判断での退院となります。様々な検査を受けたのですが、わからないものはしかたありません。責めもしません。

この入院生活を通して、私は四つの不快な体験(うち一つは怖い体験です)をしました。

一つ目です。

教授回診は、白い巨塔さながらの医学部教授を筆頭とした行列でやってきます。事前に、大学病院の持つ機能のひとつ「教育」に関しては貢献する旨の書類を書いていたので、ポリクリ(医学部高学年における病院実習)の学生も大勢、ベッドに半起き状態の私を一番外側から輪になって取り囲みます。担当医が病状を説明した後、医学部教授が学生の方を見て目配せしました。

直後に、輪の外側の学生の手が何十本と伸びてきて(怖い)、無言で私の皮膚を触ったり引っ張ったりしだしたのです。嗚呼、医学部教授の前では、私の身体はただの材料なんだなと、白い巨塔さながらの権力の大きさを感じましたが、それはまだよいです。なにより腹が立ったのは、その学生達が無言で私を触り出したことでした。せめて「失礼します」の一言があってしかるべきだと思うのです。少し大きい声でたしなめましたが、数人の学生の発した小さな声での「すみません」以外には謝罪もなく、また診察結果の説明も無く、病室を出て行きました。全員が病室を出た後、病棟担当医(おそらく平の医局員)だけが走って戻ってきて、あとで説明しますと声をかけてくれましたが、これも医学部教授の前では言えなかったのでしょうか。

二つ目です。

私は症状が快復しないなかで、日々不安にさいなまれていましたが、幸い、ネット環境を整備できていたので、自分なりにいろいろ調べていました。そこで知った情報を元に、素人考えですが、ある種の血液検査をして欲しいと、先の担当医の上司である講師に申し出ました。結果は、私の想像する病気である確率は年齢から考えて非常に低いので不要とのこと。専門家がそう言うのならば不要なのでしょう、しかたありません。しかし、その非常に低い確率に当てはまっていた場合は、命に関わる事態(素人検索の結果でしかありませんが)だったので、その不安を述べ、礼節を持って、なんとか検査できないかと(他の患者さんの検査もあるので勝手な行為だと思いながらも、やはり不安で仕方なく・・・)乞いました。その応えは「年末で忙しい時期だから、病理検査室のひとに迷惑がかかるから」だったのです。

いやいや、他の言い方があるでしょう。医学的見地から見ての不要さを再び説かれれば、素人の私の考えですから、不満は残らなかったでしょう。内部の人間に「迷惑だから」という返答に、非常に驚きました。実際に思っていても、わざわざ口に出す必要はないでしょうに。

三つ目です。

先の講師は普段からつっけんどんとした態度で、診察はしかめっ面という医師でした。問診も、ほぼタメ口です。実は、私には、その大学病院の花形医局に所属する医師に何人かの知り合いがいました(母校の先輩で、先の講師よりも立場が上の方も)。入院した時点では、知り合いがいるから特別扱いを受けようという気はなく、科が異なることもあり、その知った医師らには入院したことを伝えずにいました。しかし、どこで聞きつけたのか、彼らのほうから私のことを探し出し、病室に様子を見に来てくれました。世間話程度に、講師の接し方に苦言を呈したりもしました。文句というよりは「そんなもんなのかねぇ」という程度のものですが。

その後です、かのタメ口しかめっつら講師が、笑顔を見せながら丁寧に接してくるようになったのは。訊いていないことまで、心配しているようなそぶりを見せて、まるで別人のようでした。そういえば、白い巨塔でも特別な扱いを受ける患者っていたなぁ。

四つ目です。

これは、不愉快というよりも、怖かった話なのですが。退院後まもなく、私はその大学病院のあった土地から転居することになりました。結果的に原因不明だったことから、もしまた再発したときのことを考え、手元に資料を置いておきたく、医療情報開示請求(全診療記録のコピーの請求です)をしました。手続きは非常に簡単で、事務的に進みます。提出してから数日後、出来上がったとの連絡を受け、大学病院の事務局を訪れました。窓口で受け取るものかと思いきや、応接間に通されました。

資料を渡され、簡単な説明を受けた後、担当してくださった事務局長の方が、「もうこの病院にかかることはないですよね?」と言うのです。その口調は単純な質問ではなく、念押し以外のなにものにも思えぬものでした。引越し先は離れたところでしたから「はい」と答えましたが、「わかりません」だったらどういう反応が返ってきたのでしょうか。あるいは、かかったら、どのような問題が起こったのでしょうか。それはわかりません。医療情報開示請求自体はわかりやすく公開されている制度であり、それを利用しただけなのですが、手続きの簡単さとは異なり、病院側にとっては私の思っていたよりも大きな出来事だったようです。

さて、しばらく経ってからのことです。かの講師はどんな略歴の人だったのだろうかと、懐かしさ半分、興味半分で病院の、私の世話になった科のホームページを見てみました。実はこれは二度目で、前回に見たときは講師として掲載されていたのですが、細部までは見ずにいたため、気になったのです。

彼の名が消えていました。その科のどこを見ても、外来担当を見ても病棟担当を見ても見つからないのです。医局直下の研究室の在籍表まで見ましたが求める名前はありません。偶然の転勤なのか、私の医療情報開示請求と関係あるのか、あるいは、知人の医師達と関係があるのかはわかりません。背筋が少し寒くなりました。ぞぞぞ。またもや白い巨塔を思い出してしまいました。

今回の投稿は以上です。思いがけず長い文章になってしまいました。

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